【死因:病気】死去した若林和雄県議の嫁,子供は?高校&大学や経歴

あの人の本名や経歴などのプロフィール

こんにちは。IVEです!

今回は若林和雄県議を取り上げます。

自民党所属の議員として栃木県の県議を務める彼ですが、ここに来て突然の訃報が報じられ世間の注目を集めています。

このことについて2018年10月20日に配信された「下野新聞SOON」は次のように報じています。

県議で前県議会 副議長の若林和雄氏(70)が19日、死去した。

県議会関係者らによると、
同日、
日光市内を視察で訪れた際に具合が悪くなり、
搬送先の病院で亡くなったという。

病死とみられる。

若林氏は小山市職員を経て、
2007年に県議初当選。

現在3期目。

農林環境常任委員会 委員長や生活保健福祉常任委員会 委員長、
経済企業常任委員会 委員長、
県監査委員などを歴任し、
昨年(2017年)3月から1年間、
第111代副議長を務めた。

県議会とちぎ自民党議員会事務総長。

来春(2019年)の県議選に立候補する見込みだった。

今年(2018年)9月には元・国分寺町長の父英二(ひでじ)さんを亡くしたばかりだった。

同紙が報じている通り、若林県議は視察中に体調を崩し、そのまま死去されたようです。

ただ、現在の時点では詳しい死因は公表されておらず不明です。

今回は、病気により死去された若林和雄県議について調べてみました!

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栃木県議が病気で死去!若林和雄の高校・大学はどこ?経歴あり

70歳で死去された若林県議ですが、これに伴い、ネット上では彼の学歴(高校・大学)や経歴にも関心が集まっています。

そこで、彼のプロフィールを調べたところ、公式HPより以下の情報が得られたのです。

○国分寺町の小中学校を経て
昭和39年
栃木県立栃木工業高校(機械科)入学、
42年同校卒業。

○昭和42年
東洋大学に進学(社会学部社会学科)、
46年卒業。

○昭和46年4月、
栃木県小山市役所に就職。

平成16年1月31日
秘書広報課長で退職

○小山市役所では長く教育行政に携わる。

特に幼児教育、生涯学習。

テレビ小山放送(株)のケーブルテレビ事業化にも。

上記の通り、若林県議は「栃木工業高校」を卒業した後に「東洋大学」に進学していたようです。

その後、小山市役所に就職した彼は教育行政に携わり、同市の発展に尽力しました。

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若林和雄の家族(嫁・子供)は?

70歳という年齢を考えれば、若林県議は既に結婚していたと思われます。

しかし、公式HPや本人のFacebookでも家族に関する投稿は一切確認されていないのです。

彼のブログを検索しても結婚や家族に関する投稿は1件も存在していなため、若林県議は仕事と私生活を完全に分けていたのかもしれません。

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