【死去】倍賞明の店↓倍賞千恵子の夫は2人だが子供は?若い頃の画像も

あの人の自宅や実家はどこ?

こんにちは。IVEです!

今回は倍賞 明さんを取り上げます。

倍賞 千恵子さんの弟にして、元・日産自動車 野球部 監督である明さんですが、ここに来て突然の訃報が報じられ世間の注目を集めています。

彼の死去について2019年1月24日に配信された「スポーツ報知」は次のように報じています。

女優・倍賞 千恵子(77)の弟で元 日産自動車 野球部 監督の倍賞 明さんが22日、
前立腺がん多臓器転移のため亡くなった。

74歳だった。

倍賞明さんは、
1962年センバツ高校野球で、日大三の3番打者として準優勝。

新人女優・倍賞千恵子の弟として騒がれた。

通夜は28日午後6時、
葬儀・告別式は29日午前10時、
いずれも東京・板橋区赤塚新町3の3の8 赤塚ホールで。

喪主は妻・みつよさん。

同紙が報じている通り、明さんの死因は「前立腺がん」でした。

今回は、倍賞 千恵子さんの弟・明さんについて調べてみました!

倍賞千恵子の弟:倍賞 明が死去!生前は六本木で店を経営

球界から身を引いた明さんですが、現在は六本木でお店を経営していることが分かりました。

お店の名前は「Sound in Baisho」と言い、現在でも野球ファンが連日訪れると言います。

現在、顧問を務める六本木のスポーツバー「Sound in Baisho」(サウンドインバイショウ)には今も野球ファンが集う。

倍賞の楽しみは、
夏の西東京大会で母校の応援に駆けつけることだという。

※「朝日新聞DIGITAL」より引用
(2018年5月30日配信)

どうやら、彼が飲食業界に参入したのはアントニオ猪木さんから誘われたことがきっかけだったようです。

日産自動車で選手、監督を務めた後、
義弟だった元プロレスラーのアントニオ猪木に誘われて飲食業界に。

90年前後のバブル期には、
東京・六本木でクラブや居酒屋など4店を経営し、
銀座から1万円でタクシーをつかまえて来店する社用族や、
1本5万円もするブランデーを特別注文する客も相手にした。

倍賞千恵子に子供はいる?現在の夫は2人目

姉である千恵子さんには2度の結婚歴があります。

人生最初の結婚は1976年の時。

お相手は俳優の小宮 守さんでした。

※後に小宮健吾に改名

1976年3月8日、
軽井沢の聖パウロ教会に集まったのはわずか8人。

倍賞千恵子(当時34)と婚約者の小宮守(同27)、
それぞれの両親、倍賞のマネジャーと付き人である。

他の親族やマスコミには一切知らせない極秘結婚式だった。

神父の前で新郎新婦がプラチナの指輪を交換し、
式は1時間足らずで終わった。

※「日刊ゲンダイDIGITAL」より引用
(2012年12月4日配信)

しかし、2人は1980年に離婚することになります。

離婚理由については公表されていないため、詳細は不明です。

ただ、マスコミ関係者によると「もろもろの格差」が原因と報じられていました。

「小宮に好きな女性ができたとか、
倍賞が高倉健とつきあっているとか、
いろいろいわれましたが、どれも当たっていない。

強いて挙げるなら、
やはり格差を埋められなかったということでしょう。

収入も役者としての格も違いすぎた
(女性誌記者)

こうして小宮さんと離婚した千恵子さんは、1993年に現在の夫である小六 禮次郎(ころく れいじろう)さんと再婚することになります。

93年2月、
倍賞は8歳下の作曲家・小六 禮次郎氏と再婚。

つきあいだしたのは7年前(1986年)。

小六氏にも家族があったが、
離婚が成立しゴールイン。

やっと一生を添い遂げる伴侶を見つけたのだった。

上記の通り、当初、再婚相手には家庭がありました。

つまり、2人は不倫を経て結婚したということになります。

ちなみに、元夫および現在の夫との間に子供は生まれていません。

倍賞千恵子の若い頃が超美人!画像あり↓

若い頃の画像がこちらです。

現在でも十分に美しい千恵子さんですが、若い頃はハーフのような顔立ちで、ネット上からは「ローラに似てる」という声も上がっています。