【借金トラブル】上井文彦の画像+Facebook↓前田日明がフルボッコ宣言

あの人の本名や経歴などのプロフィール

こんにちは。IVEです!

今回は上井文彦(うわい ふみひこ)氏を取り上げます。

かつては「新日本プロレス」の執行役員を務めていた彼ですが、ここに来て借金トラブルに起こしていることが報じられ世間の注目を集めています。

このことについて2019年3月4日に配信された「フライデー」は次のように報じています。

「アイツからの連絡はまったくない。

オレから逃げ回っているからね。

いつかボコボコにしてやりますよ。

2月15日には大阪で亡くなったマサ斎藤さんの追悼イベントを開いたらしいけど、
カネだけ集めてまたトンズラする気でしょう」

こう激怒するのはプロレス界のレジェンド・前田日明(あきら)(60)だ。

前田が「アイツ」と呼び怒りの矛先を向ける男の正体は、
新日本プロレス(新日)の元役員でイベントプロデューサーの上井文彦氏(64)。

前田は上井氏により、
重大な金銭トラブルに巻き込まれているという。

「格闘界には、
カネを持ち逃げする上井のようなサギ師が多いんです。

選手はカネに無頓着だし、
契約書をかわす習慣もほとんどないからね。

上井は『新日』にいた時は優秀な営業マンでした。

だから彼が’04年に『ビッグマウス』という会社を立ち上げ、

『新しい団体で本物のプロレスをやりたい。
協力してください』

と言われた時には信じたんです。

当初はチケットもよく売れ、
スポンサーも多くつき2億円ほどの収入がありました」

だがビッグマウスは1年で突然解散。

上井氏は失踪し、連絡がつかなくなる。

「上井は2億円を持ち逃げしたんです。

オレ自身も被害に遭いました。

オレは宣伝の一環として、
雑誌のインタビューなど取材をずっと受けていた。

その未払いのギャラが約400万円。

オレのフィギュアを製作した時のロイヤリティが400万円。

ビッグマウスの社員へも給料が一銭も払われておらず、
それをオレが補填した額が300万円。

トータルで1100万円ほどです。

以来、上井とは会っていません。

電話にも出ない。

居場所をつきとめてカネをとり戻そうとしたこともありますが、
いつも逃げられています」

上記の通り、上井氏は前田さんに対して支払うべき1,100万円を未だに払っていなかったのです。

フライデーの直撃取材を受けた彼は次のように応えています。

2月15日のイベント終了後に、上井氏を直撃した。

――多くの人が激怒していますが。

「なんの弁明もしませんよ。
カネを借りていることは事実ですから」

――返そうという意識はあるんですか。

「生活するのに精一杯なんですよ。
ボクの生活は悲惨だからね~」

――前田さんや村上さんも「カネを返せ」と怒っています。

「そういう過去のことはあんまり……。
彼らに会う気持ちはないです」

前田が呆れる。

「アイツは選手を騙し借金までさせたのに、
なんの反省もなく
いまだに興行を続けている。絶対に許せません」

カネを返す気のない上井氏は、
このまま前田から逃げ続けるつもりのようだ。

上井氏は借金を”事実”と認めたものの、返済する意思は全く見せませんでした。

今回は、前田日明さんを借金トラブルに巻き込んだ上井文彦氏について調べてみました!

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上井文彦のFacebookあり↓経歴は?

借金トラブルにより逃亡を続けている上井氏ですが、彼のSNSを調べたところ、Facebookアカウントが確認されました。

ただ、このFacebookでは主にプロレス関係の話題しか投稿されておらず、経歴や私生活(結婚・家族)については言及されていませんでした。

しかし、本人のWikipediaでは以下の経歴が掲載されていました。

大阪経済大学卒業。

1977年、新日本プロレス入社。

1985年、
新日本を退社してUWFに移るも翌年に復帰。

以後、
営業、渉外、マッチメイカーなどを歴任。

その後、
有限会社ビッグマウスを設立し、
関連会社としてプロレス興行部門のビッグマウス・ラウドを立ち上げた。

前田日明のスーパーバイザー就任等で話題となるが、
1年間で前田と袂を分かち、退社。

2006年10月「UWAI STATION」旗揚げ。

2007年10月の興行を最後に活動休止。

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上井文彦が前田日明にフルボッコにされる日も近い?

前田さんから逃亡を続けている上井氏ですが、両者が対峙すれば、上井氏が一方的にフルボッコにされるでしょう。

事実、前田さんはマスコミの面前で後輩選手をフルボッコにしたことがあるからです。

フルボッコにされたのは坂田 亘という選手でした。

※坂田さんは小池栄子さんの夫

前田さんが彼をフルボッコにした理由は以下の通りです。

当時リングスは来日する大量の外国人選手のファイトマネーや経費の関係から
大都市興行を中心に展開していました。

実質トップであった前田にしても、
地方のファン獲得は大事だが
経営を考えると多数の観客を見込めない地方興行は中々打てないというジレンマがあったのですが、
そんな中
鹿児島に「リングス熱視会」というリングスファンの集まりがあり
是非鹿児島でリングスを見たいと署名活動までしてリングスの大会を誘致したのです。

前田もその活動に感激し
地方で観客数は少ないながらも
日本人中心でリングスのクオリティをなんとか落とさないようラインナップをそろえて大会を開催しました。

そこで第一試合(だったと思う)
坂田が当時リングス所属でない鶴巻伸洋(サブミッションアーツレスリング所属)という選手と試合をしました。

が、試合はグダグダのしょっぱい試合で引き分け。

どんな興行でも第一試合はとても大事。

ここでドーンと弾みを付けて場を暖めてくれれば、
後の試合もやりやすいし興行の盛り上がるある意味メイン以上に大事な試合です。

だからこそ前田も日本人同士の対決でバチバチやりあって、
リングスを生で見るのが始めてな人が多い鹿児島のお客さんに

「リングスってすげーっ」

と思わせたかったし、
それで大会開催に尽力してくれたファンに恩返ししたかったに違いありません。

ところが結果はまるで逆、
これだけでも怒り心頭なはずなのに
試合後坂田は記者の質問にふんぞり返ってかなり偉そうに対応。

これに前田がキレタ。

「なんだあの試合は〇△■☆・・・・」

よくネット上の動画で出回っており、
前田の異常性の証明みたいな形で喧伝されてますが、
あの時の坂田の態度では確かにしばかれても仕方ないなと当時は思ってましたね。

たぶんデビューしたらプロレスラーは見栄もあるから
偉そうにしないといけないと思ってたんでしょうが
あまりにもタイミングが悪かった。

※「Yahoo!知恵袋」より引用
(2007年1月24日投稿)

上記の通り、坂田選手がフルボッコにされたのは、「不甲斐ない試合」と「偉そうな態度」でした。

以下の画像は、彼がフルボッコにされる直前の場面です。

確かに、この時の態度を見れば、坂田さんが”横柄”に思われても仕方ないでしょう。

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