【現在】ロミ山田の離婚理由↓息子の死因+年齢!画像も

あの人の病気や闘病について

こんにちは。IVEです!

今回はロミ・山田さんを取り上げます。

「知りすぎたのね」(1967年)のヒット曲で知られる彼女ですが、現在は”あるビジネス”に取り組んでいることが報じられ世間の注目を集めています。

このことについて2019年5月26日に配信された「デイリー新潮」は次のように報じています。

当時を振り返るのは、ロミ・山田。

実は彼女、
昨年(2018年)から特許ないし実用新案ビジネスに奔走しているのである。

問題はこの商品を売るための会社を設立することだった。

「高齢者になると、
銀行が相手にしてくれないのです。

昨年(2018年)は銀行から信用金庫まで、
85歳の老骨に鞭打って
あちこち融資のお願いにまわりました。

融資担当者が話に乗ってくれても、
支店長から却下されることが多かったのですが、
ひとつだけ、信用金庫の支店長がOKを出してくれました」

結果、500万円の融資を受けた。

さらに、
東京都の女性、若者、シニアを対象にした創業サポート事業から1000万円の融資を受け、
昨年9月にミュージカルの名前からとった「Pippn(ピピン)」を立ち上げた。

翌10月からつけまフィッターの全国販売を開始した。

「昨年1月には、
磁石で装着できるつけまつげも実用新案の登録をしていますが、
今、特許申請の準備を進めているのが、
階段も上がれるキャリーバックです」

「私の長男は難病を患って、
5年間の闘病の後に2008年に亡くなりました。

闘病中は車椅子生活でしたから
ずいぶん苦労したものです。

息子はやたらと外出したがるので、
銀座や渋谷センター街などあちこち連れて歩きましたが、
段差には本当に困りました。

いずれはキャリーバックだけでなく、
車椅子にも階段昇降装置を付ける予定です」
(ロミ・山田)

上記の通り、現在の山田さんは特許ビジネスに取り組んでいたのです。

今回は、歌手および実業家として活躍するロミ・山田さんについて調べてみました!

ロミ・山田の離婚理由は?

山田さんは1965年に結婚しており、その後、1人息子に恵まれました。

夫は「岡田教和」(のりかず)さんと言い、放送作家および劇作家を務めていました。

しかし、2人の結婚生活は1989年にピリオドを打つことになります。

一体なぜ、2人は離婚してしまったのでしょうか?

そこで、離婚理由について調べたところ、夫の借金であることが分かったのです。

当時の岡田さんは本業以外の実業にも手を出しており、これが失敗したため、多額の負債を抱えてしまうことになりました。

息子の死因や年齢(享年)は?

夫との離婚後、息子さんの親権は山田さんに渡り、女手ひとつで子供を育ててきました。

息子さんは一般人であるため、詳しい素性は公にされていませんが、名前は「一樹」さんとのこと。

冒頭でも触れた通り、一樹さんは難病を抱えており、2008年に死去されました。

「デイリー新潮」では彼の病名は明かされていないものの、「デイリー」によると、病名(死因)は「聴神経腫瘍」でした。

詞には、1989年に離婚した元夫で劇作家の岡田教和氏が書き残したフレーズを使用。

2008年に聴神経腫瘍で死去した長男への思いも込めたという。

山田は

「全ての人に愛を、という思いで書きました」

と、しみじみ話した。

(2016年6月30日配信)

聴神経腫瘍で死去された一樹さんですが、当時の年齢は40歳だったようです。