【大貫久男の死因↓】1億円の落とし主は稲川会の誰?もう1人は浜田幸一

あの人の訃報や死因

こんにちは。IVEです!

今回は大貫久男さんを取り上げます。

1980年4月25日に発生した「1億円拾得事件」で大きな注目を集めた彼ですが、2000年に死去。

長年の間、1億円の”落とし主”については素性が公表されていませんでしたが、ここに来て、その正体が判明し世間の注目を集めています。

このことについて2019年6月22日に配信された「デイリー新潮」は次のように報じています。

トラック運転手をしていた大貫久男さんが現金1億円を拾ったのは、
完全な僥倖とはいえないかもしれない。

何しろ、彼は相当な「拾い魔」だったというのである。

トラックを運転しながら常に路上の落し物や廃品に目を配り、
まだ使えそうなものがあれば持ち帰る。

おもちゃや手押し車、
時には生卵をケースごと拾ってくることもあったというから筋金入りである。

そうした日々を送っていた大貫さんでなければ、
単なる古新聞のように見えたという“それ”を拾おうとは考えなかったのではないか。

1980年(昭和55年)4月25日午後6時頃、
場所は銀座3丁目の昭和通り沿い。

大貫さんが何気なく拾った風呂敷包みから出てきたのは、
1千万円の札束が10個、合計1億円であった。

彼はすぐに警察に届け出、
翌日には、
拾い主の実名入りで新聞に報じられる事態に。

そのため、

「よくも俺の金を持っていったな」

といった脅迫電話が相次いだが、
結局、半年が経過しても落し主が名乗り出ることはなかった。

なぜその1億円は銀座の路上に置かれていたのか。

本誌(「週刊新潮」)は3年前(2016年)、
そのミステリーの「謎解き」を記事にした。

証言したのは、
金の運搬役を務めた人物の関係者で、
大貫さんが拾う前、
あの金は「誠備グループ」元代表の加藤あきら氏の事務所にあったという。

金の運搬役を務めたのは3人。

運転手以外の2人が加藤氏の事務所でカバンに入った4億円と
風呂敷に包まれた1億円を受け取ったが、
車に載せる際、
後者を路上に置き忘れたというのだ。

その1億円は加藤氏自身のものではなく、
別の人物の投資金で、
その名前については、

「口が裂けても言えません」

と、記事でその関係者は話している。

「あの金は、
少なくとも2人の人物の株の売却益だったと聞いている。

1人はハマコーさん、
もう1人は稲川会の大幹部らしい」

と、
加藤氏のことを知る別の関係者が明かす。

ハマコーとは「政界の暴れん坊」と呼ばれた浜田幸一元代議士のことだ。

「加藤さんの『誠備グループ』が手掛けた宮地鉄工株の仕手戦のことはわりに知られていると思うけど、
あの金はその時の“成果”なんだよ。

あの株は短期間で何倍にもなったから、
1億円の元手は数百万円じゃないか。

しかも、
落した1億円については、
加藤さんが贔屓にしていた証券会社が補填したからね。

あの事件の関係者で、
個人で損をした人は一人もいないってことだな」

また、
金の運搬に関わった3人は大貫さんに感謝していたという。

「あの時、
金を受け取る窓口の人物と

“1億足らない”

“いや、届けたはずだ”

といったやり取りがあり、

“お前らネコババしたのか”

という話になった。

そこへ大貫さんが持っていったと新聞に出たから、
皆ホッとしたんだ」

大貫さんは2000年に他界しているため、
こうした裏事情を知らせることは叶わない。

そこで、
妻の清子さんにそれを伝えると、

「そうだったのね。

でも、
1億円についてと言われても、
最近は思い出すこともありません。

もう何十年も経っていることでしょう。

(裏事情については)夫にはお伝えしますので……」

上記の通り、4億円の内のいくらかは浜田幸一氏のものだったのです。

もう1人は稲川会の大幹部とされていますが、同誌の報道では実名が伏せられており不明です。

今回は、1億円拾得事件で一躍”時の人”となった大貫久男さんについて調べてみました!

1億円の落とし主は浜田幸一!もう1人(稲川会)は誰?

落とし物である1億円を含めた4億円の大金は、浜田幸一氏および「稲川会の大幹部」のものでした。

長年の間、1億円の落とし主については素性が伏せられていましたが、今回の報道で、その1人が判明したというわけです。

しかし、ここで気になるのが”もう1人”の落とし主です。

「稲川会の大幹部」を報じられたこの人物は誰なのでしょうか?

そこで、1億円の落とし主について調べたところ、以下の3人の名前が浮上していたのです。

■佐川 清

■玉置和郎

■加藤あきら

Wikipediaによると、上記3名の名前が浮上した理由は、1億円が包まれていた風呂敷袋から指紋が検出されたことがきっかけです。

3人目の「加藤あきら」氏については冒頭で既に名前が出ていますが、残りの2人については事件との関係は未知数です。

ただ、佐川氏と玉置氏が稲川会の幹部であるという事実は確認されていないため、恐らく、この中に1億円の落とし主はいないと思われます。

大貫久男の死因は○○だった

2000年に死去された大貫さんですが、その死因は「心筋梗塞」だったようです。

1980年4月25日、
トラック運転手の大貫久男さん(当時42歳)が銀座の道路脇で1億円の風呂敷包みを発見し、
拾得物として警察に届け出た。

落とし主が現れなかったため、
半年後全額を小切手で受け取った。

ただし、
1億円を拾ったころから全国に報道され、
様々な嫌がらせを受ける破目になった。

そして、
20年後に62歳で心筋梗塞で死去した。

心筋梗塞にストレスが強く関与することはよく知られている。

※ブログ「心と神経の哲学/あるいは/脳と精神の哲学」より引用
(2013年6月1日投稿)

心筋梗塞と1億円の因果関係は不明ですが、大金を得たからと言って、人は必ずしも幸せな生活を送れるとは限りません。